知ってもらいたい事実

本来であれば個人情報漏洩の被害者は生まれなかったはず。

区長はこれまでも何度も「被害者の方の身の安全の確保を第一に考えて事件の公表を控えた」「事態に一定の終結がみられたら公表する」と、事実を1年も公表しない事への理由付けをしていましたが、何度でもあえて言わせて頂きます。

「被害者女性と子どもたちには何の落ち度もないのに、突然、自宅での平穏な生活を奪われたのです」それは他ならぬ青木英二区長。トップのずさんな管理体制の犠牲となったのです。

危機意識のまるでないトップの怠慢が招いた情報漏洩であり、区長にこそ事態を終結させる責任があるのです。被害者女性が諦めるまで待つつもりだったのですか?

区長は「未成熟な情報は公表しない」というご自身の判断は間違っていなかったとし、例え目黒区のミスのせいで情報漏洩事件の被害者となってしまった女性が、公表を望んだとしても、公表はしない。と言い切りました。

支援措置対象者の個人情報の取り扱いは通常以上に慎重に行われるべき。その絶対に守らなければいけない個人情報を絶対に知られたくない相手にわざわざ伝えたのは目黒区ですよ。その責任は本当に重いのです。人一人の人生が大きく狂わされたのですよ。

私はこのお手紙を受け取って、申し訳ない気持ちと共に、我が区のトップが取ってきたこれまでの対応に心底恥ずかしいとすら思いました。

私は被害者女性の代弁者ではありません。彼女に代わって区と交渉することも、彼女の気持ちを議会で伝えることもできません。

私が今、彼女にしてあげられることは、せめてこのブログにお預かりしたご本人からのお手紙を掲載させて頂くことぐらいです。

以下は被害者女性からの手紙です

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初めに、この手紙を書くにあたって

これ以上被害者が出ない為、また同じ様な被害に遭われた方がこの手紙を読んで少しでも勇気が持てればと思い筆を取らせて頂きました。

離婚の原因は相手のプライバシーの問題もあるので伏せさせて頂きます。

離婚経験者のほとんど感じでいるように、離婚もとても大変でした。離婚前から毎日のように区役所、警察に行き、不動産まわり、就職活動、4カ月かけて、私と子ども達の支援措置をかけて、名前を変え、新生活を送り少しずつ慣れた頃でした。

一年も経たずに、ある日モニターフォンに絶対にあり得ない元主人の顔が写っていました。

子供達は震えていて慌てて寝室にじっとしている様にいいました。私は恐怖で心臓が飛び出してしまいそうでした。今でもあの時の事が頭から離れません。

警察の方に来て頂き、彼が居ない隙を見計らい逃げるように、せっかく掴んだ家を後にしました。ある日突然理由もわからず、私たち親子は家をなくしました。

次の日、区役所を訪ね理由を聞きました。

戸籍課の担当の方に目黒区役所の税務課に連絡をして何故このような事態が起きたか聞いた所、目黒区の税務課はミスを認めた上、電話で説明したいと言われました。私、一人ではどうにも出来なかったので、次の日区役所に来て説明して欲しいとお願いしました。

次の日家族と区役所に行くと目黒区役所税務課の方が四人で来ていました。私の住んでいる区役所の方の同席の元、話し合いが始まりましたが、税務課の課長は悪びれる様子もなく、時系列は把握していない、とてもじゃないけど謝罪とは言えないものでした。その場の話し合いはただ呼ばれたから来ただけという態度でとても悲しい思いをしました。

お金もなく、家もなく、仕事は手につかず、何よりも子供達が1番の被害者でした。学校に行けず、良く意味もわからず、ホテル暮らしが始まり、学校の転校、お友達と離れないといけないのに、どうしていいか途方に暮れる私をいつも笑顔で助けてくれました。子供達が居なければ、いまの私はいなかったと思います。私の何倍もこの短期間で環境が変わった子供達の心中を思うと許せません。

そしてあの時支えてくれた友達、会社の上司、同僚、相談員の方が居なければ、今頃私たち親子は露頭に迷っていました。

そこから、目黒区役所とのやりとりが始まりましたが、課長の態度は酷いものでした。途中から話し合いの担当を課長から変えてもらい、その方は親身になってくれましたが、補償の交渉は、口約束ばかりでなんの約束もされないままでした。精神的に追い込まれた私をみて、区役所の方は弁護士を雇う事を勧めました。

お願いした弁護士は最初は息巻いていましたが、ミスが多く、話しがコロコロ変わり、解決より、話しがこじれる一方でした。

三月の議会で議員の承認を得て和解金を出すと言われたのが弁護士の最初の交渉でした。ただ目黒区からはコロナでそれどころではないと返答が来たといわれました。六月の議会で議題に出すと目黒区役所の弁護士からの返答が来たと弁護士から聞き、コロナで大変な最中だったので六月まで待ちました。

時間ばかりが過ぎていく中、六月になり、白川議員の議会のオープンなSNS発信をずっとみていました。全く私の話しなど出ている様子はなく、自分の弁護士に確認を取った所、交渉は決裂したので裁判になるといわれました。

いつ交渉決裂したのか、どこまで交渉したのか、私には全く分からない事でした。弁護士と会う時は必ずと言っていい程、相談員同席でした。相談員とも何回も面談をして何故こうなったか考えてもわかりませんでした。

目黒区役所の弁護士も目黒区長も先日の議会で私に謝罪したと話していますが、あれが謝罪なら、幼稚園の子の方がきちんと謝れます。

私はただ元の生活に戻して欲しかった。

そんな時、白川愛議員に助けて頂き、やっと事件が公になりました。

白川議員には感謝しても仕切れないほどです。

私は弁護士を解任しました。なぜなら弁護士費用を払う金銭的な余裕がありません。事件が公になったいま、未だに目黒区役所から連絡はありません。

白川議員に相談出来なければこのまま事件は埋もれ、口約束の補償もされず諦めていたと思います。

この事件のことを前から知っていた4人の議員さんたちは、被害者の声には耳をかさずに、目黒区から口止めされて公表しなかったと後からわかったのもひどいと思いました。二度と私のような被害者が出ないように、しっかりと仕事をして頂きたいです。

また、最初に説明に来た方の対応の悪さもですし、目黒の区長さんの言い訳も勝手な言い分ばかりで、刑事事件にならないと、警察も行政も動かないと深く思いました。

事件になってからでは、遅いのです。

最後に現在も協議中と目黒区長はおしゃっていましたが、私の元弁護士の話しでは、すでに交渉は決裂しているはずです。私が弁護士を解任した後は目黒区役所からはなんの連絡もありません。

長くなってしまいましたが、今回の事で助けていただいた皆さま、本当に感謝しております。白川議員には、どう伝えいいか分からないくらいです。

二度とこの様な事が起こらないようにミスや過失をすべて正直に説明して欲しいです。

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このブログの運営管理費は政務活動部分と個人的利用の部分とで管理運営費用を按分して経費処理をしています。今回の掲載に関しては個人として運用している部分を活用させて頂くことにしました。また被害者女性のご同意もお互いに合意書を交わすことにより掲載に関しても承諾を得ております。

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